令和7年師走発行 第1号
改修奉賛会を結成
改修奉賛会を結成-改修奉賛会の設立趣旨
ーふるさとの文化財を後世に継承するー
白鳥神社は、性空上人が平安中期の天徳3年(959)、白鳥山中腹に創建されてから本年で1066年の歴史を刻んでおります。
同社の本殿は、江戸後期の木造建造物で御創建以来の神仏習合に旧薩摩藩独自の文化を加えた「白鳥権現」の息吹を色濃く残し、本殿には数多くの彫刻が施されており、特に雲龍巻柱や唐獅子牡丹などは当時の精緻な技術で作られ、左甚五郎作ともいわれるほど卓越し、先人の並々ならぬ篤い信仰と労苦を彷彿させるものがあります。
しかしながら、本殿をはじめ社殿が経年により腐食損傷が著しいところがあり、改修しなければならない時期を迎えています。
社殿改修には、工事費用として2057万円を要することから神社側の自己資金だけでは不足するために多くの皆様からの御浄財を必要としております。私たちは、白鳥神社を通して白鳥山をはじめ霧島の山々から多くの恩恵を受けており、その感謝の気持ちによりこの度、改修奉賛会を結成いたしました。
茲に皆様方からの温かい御協力と御賛同をいただくことによって改修事業を完遂いたしたいと考えております。大切な文化財を保護することに加え、先人から大切に守り継がれてきた歴史、文化、こころを未来に「つなぐ かけはし」になりますので、ご理解を賜りますようよろしくお願い申し上げます。


社殿改修奉賛会の役員構成
社殿改修事業を以下の役員体制により令和8年度内の完遂をめざし取り組んでまいります。
- 会長 亀澤矗幸(えびの市史談会顧問)
- 副会長 白石昌彦(えびの市商工会会長)
- 理事 小吹敏博(宮崎県農業協同組合えびの市地区本部長)
- 理事 福元英雄(えびの市観光協会会長)
- 理事 上水正喜(えびのガイドクラブ会長)
- 理事 宮﨑和宏(白鳥神社総代会会長)
- 理事 地主秀徳(白鳥自治会長)
- 理事 前田正一(白鳥・前田木材有限会社社長)
- 監事 堀川純一(えびの市社会福祉協議会会長)
- 監事 岩下百年(えびの市高齢者クラブ会長)
- 会計 池田京子(宮崎県農業協同組合えびの市地区本部課長)
改修の経緯と社殿の現状
本神社の社殿は、この約40年間に昭和61年、平成17年と2回の改修をしております。いずれの改修も資金以上にはるかに規模が大きかったことから十分な工事ができませんでした。常に風雨に晒され、湿気が抜けない木部が傷んでおります。具体的には、本殿においては柱の下部、濡れ縁、欄干が腐食しており、本殿を囲む玉垣の土台のほとんどに白蟻の被害を受けています。昭和初期に建造された神饌神具所(拝殿の両脇の建物)においては、屋根の銅板が約90年経過していることから雨漏りを止めることが出来ず、その雨漏りが原因で腐食が進み、他の箇所にも影響を及ぼそうとしています。
白鳥神社社殿の損傷劣化状況と改修概要
社殿が、本殿(玉垣含む)、幣殿、拝殿、神饌神具所で構成されており、そのうちの本殿、神饌神具所が以下のとおり傷んでいる現状と今後の改修の概要を報告いたします。

現状:厚さ5cmある縁板が腐食により破損し、板間に隙間が生じている。高欄材も一部腐食している。
工事概要:濡縁板、高欄材の腐食部分の解体補修

現状:本殿が24本の柱によって支えており、そのうちの10本において下部が腐食している。最大高さ1mぐらいまでシロアリの被害がある。
工事概要:既存柱嵩上げ、腐食部分の接合補修を行い、不陸調整


現状:本殿を囲む玉垣(総延長約53m)の土台全面と壁板及び柱の一部が、腐食している。土台や柱の内部が空洞化しており、土台の上の板壁も一部腐食している。
工事概要:既存塀の全面嵩上げ、土台の全面取り換え、壁板不良個所取り換え、防蟻処理、別途に屋根不良部分も補修
神饌神具所(拝殿両脇)

現状:屋根の銅板が約90年の経年劣化による雨漏りのために銅板の下地、軒先、軒裏、柱まで腐食している。
工事概要:既存軒付より上部の構造材は全て解体補修、銅板屋根全面新規張替え

現状:土台及び柱が腐食により潰れており、社殿が下がってきている。壁板の一部にも腐食が見られる。
工事概要:既存社殿嵩上げの上、土台の取り換え、柱及び地長押の腐食部分取り換え、壁板不良部分の補修
歴史ある建物を出来る限り現状のまま維持していくことと後世に長く伝承されることを方針にして改修を進めていきます。そのため、本工事を社寺建築の専門業者に発注いたします。
1期工事 本殿(玉垣含む)改修 令和8年8月~10月
2期工事 神饌神具所改修 令和9年1月~3月
改修工事見積概要
- 工事総額 20,570,000円
- 本殿、玉垣改修工事 3,880,000円
- 神饌神具所工事 13,200,000円
- 諸経費 1,620,000円
- 消費税 1,870,000円
白鳥神社の自然と歴史
◇御祭神日本武尊(ヤマトタケルノミコト)について ーヤマトタケルを名乗った最初の地ー

古事記編纂千五十年を奉祝し平成25年に建立
えびの市を含め熊本県南部から鹿児島県北部までの地を景行年代において「熊曾(クマソ)」の地と云われていました。古事記や日本書紀にヤマトタケルが、この地を平定された史実が記されています。ヤマトタケルはそれ以前に倭男具那(ヤマトオグナ)や小碓命(オウスノミコト)等の別の名前を名乗っていましたが、熊曾建を倒した際に武勇を讃えられて建の御名を献上されました。この地で初めて「ヤマトタケル」を名乗り、終生その名を名乗り続けました。
ヤマトタケルは、南九州を平定されるだけでなく、この地に稲作をもたらしたとも云われており、白鳥神社の御祭神であるだけでなく、当地に歴史的にも関わり、影響を受けたことが伺えます。
◇古木が大切に継承されてきた鎮守の杜
社殿が現在の場所に遷座して約600年になりますが、杉をはじめ多くの古木が立ち並んでいることによって神社の御神威を高めています。とりわけ本殿のすぐ脇に御神木衛守杉が威厳ある姿で聳えています。
衛守杉は、元々樹齢五百年の一対の夫婦杉と呼ばれていた御神木でありましたが、令和4年に1本が倒伏し、もう1本の方も根元が断裂し、亀裂が10m以上の高さにまで至っておりますが、樹木の養生と土壌改良に加え、コブラツリーケーブリングという最新の技術でこの大木を守っています。(コブラツリーケーブリングは、木の倒伏を防ぐとともに柔軟性のあるケーブルであることから木が大きく揺れることにより新たな発根など木が倒れまいとする働きを促す仕掛けです。)

◇東大寺大仏殿の大屋根を支える虹梁の赤松跡地


東大寺大仏殿の重さ3020tの大屋根は、2本の虹梁(それぞれ23.5m)によって支えられています。その虹梁に使われたのが、白鳥神社境内地の高さ54mほどの2本の赤松です。
大仏殿は奈良時代に建立されましたが、平安末期の1181年(治承4年)と戦国時代の1567年(永禄10年)の2度焼失しています。2度目の再建は、虹梁材に限らず他の建材(巨木材)が見つからなかったことなどから約120年経過し、ようやく1688(元禄元年)に着工されることになりました。さらには虹梁に適した用材が見つからず、全国中を駆け巡り10数年探した末に当社の2本の赤松に辿り着いたようです。
赤松は切り倒しでなく、根の周囲を掘って倒す方法が採られています。1本目は、90人で4日間、2本目は、100人で3日間かけて掘り倒しをしています。その約100日後に重量23.2トンと20.4トンの赤松を白鳥神社から起伏の多い山道を越えて延べ約10万人と牛4000頭で隼人の新川口まで運び出されました。このように陸路の運搬も困難を極めましたが、その後も波の荒い日向灘、玄界灘を控え、大木を船に載せる技術がなく、船を沈める方法によって何とか積載できました。多くの困難を乗り越えて大仏殿まで届けられたようです。
◇水を守る水分(みくまり)神社
白鳥山は水脈が少ないながら当社には湧水豊かな水源地があることから、水配りを司る「水分(みくまり)神社」が創建されています。特に霧島山は文字どおり霧が深く、雨が多いことから水神、龍神の深い信仰があります。主祭神であるヤマトタケルノミコトの妃であった弟橘媛命(オトタチバナヒメノミコト)が御祭神として祀られています。
平成30年の全面改修により御社が新しくなっておりますが、江戸後期の三國名勝図絵にも描かれている古社であります。近くに渇水期にも豊かな水が流れる小川があり、付近のモミジが鮮やかに紅葉することでも知られています。

◇霧島六所権現信仰の祖を祀る御堂

当神社は、平安中期の天徳3年(959)に天台宗の性空上人によって創建されました。霧島の山々の周辺にある霧島六所に数えられる霧島神宮、霧島東神社、霧島岑神社、東霧島神社、狭野神社は全て性空上人が創建または中興した神社であります。神社に加えて、六界(天、人、修羅、畜生、餓鬼、地獄)を守護する観音さまも安置した別当寺も建立しました。それにより霧島六所権現信仰が生まれ、廃仏毀釈以降も霧島の六所の神社を巡礼する信仰として受け継がれています。
右の御堂は、当社が創建されてから丁度1050年になる平成23年に性空上人の遺徳の顕彰と伝承のために建立いたしました。堂内には、木製と石製の2体の御像があり、木像は、地元の古老のお二人と小学生も加わって制作されています。
◇廃仏毀釈以降も残されている阿吽の仁王像
第一鳥居のすぐ後ろに一対の阿吽の仁王像が鎮座しています。明治はじめの廃仏毀釈によって当時神社に所有、保管されていた仏教に関する諸々が壊され、持ち去られました。当神社は特にその被害を受けています。この一対の仁王像は顔や手の一部が壊されてはいますが、廃仏毀釈の難を免れ、現在も鎮座し、神社を守護しています。明治以前の神社が神仏習合であった頃の当社の歴史と信仰を物語る貴重な遺産でもあります。


◇白鳥山古道の再現、復活をめざして

白鳥神社の近くにある白鳥森林公園研修館と公衆用トイレは、特定非営利活動法人えびの白鳥地域森林・歴史・文化等を保存伝承する会が管理、運営しています。公衆用トイレの利用だけでなく、研修館も多くの方が利用されることをめざして申し込みをいただいた上で出来る限りの利用開放をしています。本団体では、約50年近く途絶えていた白鳥神社から六観音御池までの古道の復活、再現に取り組んでいます。白鳥山古道は大木、多品種の希少植物、絶景に満ちています。

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