白鳥神社 だより 令和7年初秋

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◇順調に成長している御神杉の幼木

御神木夫婦杉の片方が令和4年10月に倒伏した後、宮崎市の古城綱行様が、その枝の一部を挿し木され、活着に成功し、元立っていたところの近くに令和5年の秋に植えてくださいました。その御神木の幼木は、11本植えていただいた中で、鹿の食害や厳寒の枯死を免れて5本ほどが残っています。植えてからまもなく2年を迎えますが、一番大きく育っている幼木は高さ60cm程までに成長しています。御神木も五百年ほど前に幼木で植えられたものでありますが、百年後には同様に当社を見守る御神木となることでしょう。古城様は、平成5年(32年前)に樹齢五百年の杉が倒伏した折にも屋久杉の苗を取り寄せて植えてくださいました。この杉も現在大きく成長しております。

倒伏した御神木の挿し木が育った幼木

 

◇白鳥山信仰を支えた里坊

 右は、昭和46年7月4日付の宮崎日日新聞に掲載された切り抜きでありますが、白鳥山参拝をする前に立ち寄られていた末永村奈多良木(現在の白鳥、上門前)の里坊跡の屋敷です。ここは、金剛乗院満足寺の住僧の潔斎所、隠居所また修験者の宿等にも使われていましたが、明治の廃仏毀釈の後、白鳥神社の歴代の社家を継承されていた黒木家等の住居となりました。元禄時代に建てられており、前号で紹介した里坊の扁額とともに約280年間建っておりました。昭和46年当時においてえびの市内で建築当初からほとんど手を加えていない建物としては、最も古い住宅として紹介されていたものです。里坊の屋敷には海蔵次男氏ご家族が最後まで住まれていました。昭和40年代にこの家は無くなりましたが、この家の印象として梁や柱がとても大きかったことが記憶に残っていると話されていました。

里坊の屋敷(昭和46年宮崎日日新聞の切り抜き)

◇性空上人御入定壱千年遺徳顕彰碑

平安中期に当社を御創建された性空上人が、御入定されてちょうど千年を迎えた佳年にその御遺徳を伝承いたすべく、この石碑を建立しました。この裏面には、当時圓教寺第120世長吏大樹孝啓大僧正(第258世天台宗座主)が当社のために揮毫された「一乗蓮華能憶持」という文字が刻まれています。大樹大僧正からは、書に加え、石碑除幕の祭事(平成18年4月厳修)において読経を御奉納いただきました。「一乗蓮華」は法華経のことであり、「能憶持」は、その法華経を性空上人が大部分を暗記されていたことを讃えた具平親王の言葉です。法華経は、全部で28章からなり、1日かけてようやく読めるほどのとても膨大な御経です。この経の25章は、多くの人から親しまれている観音経でありますが、これを覚えるだけでも大変な修行を必要とします。これほどまでに長い御経をどのようにして憶え、如何ほど読まれたのでしょうか。白鳥山六観音堂で日本武尊の御神託があったのは、上人の法華経の読経苦行の功徳によるものです。 当社第二鳥居近くにある平成18年建立の石碑◇振り返る令和6年の秋季例大祭昨年は、秋分の日が116年ぶりに1日早まったことから秋季例大祭を9月22日に斎行しました。大祭当日は、未明から目が覚めるほどの雷と大雨であり、大祭中も変わらず雨は激しく、そのような荒天にもかかわらず40数名の方が御参列くださいました。祭事の中では、熊本大神宮の市原喜久子様、石原京子様、田崎容子様によって龍神琵琶、琴、二弦琴という3種の和楽器によって「豊榮舞」等の奏楽を御奉納いただきました。祭事の後で野太刀自顕流兵法会の方々が大変な土砂降りの中、大雨をものともせず迫真の演武を奉納くださいました。先に奏楽された「田原坂」を彷彿とさせ、身震いするほどの感動をいただきました。野太刀自顕流を長い歴史に亘り継承されている薬丸家当主の薬丸雅生様もこの大祭に御参列くださいました。

今秋の例大祭でも野太刀自顕流の御奉納が予定されていますので、薩摩に伝わる古武道の魂をお感じいただきますようご案内申し上げます。大雨に打たれながら御神前に向かって真剣を捧げ拝礼木刀で激しく撃ち合い、時には木刀が体に当たる場面も

◇東大寺大仏殿再建の奇跡と御縁

赤松の跡地 (当社第一鳥居近く)

東大寺大仏殿は、世界最大の木造建築物でありますが、再建が桁違いの難事業であり元禄時代の頃も不可能と思われていました。大屋根にかかる3020tの重さを支えることのできる真っ直ぐで大きな赤松を見つけ出す、御神木ともいえる赤松を神社から譲り受ける、20数トンの赤松を山や谷が急で深いところから運び出す、船体以上に重い赤松を木造の船に積み込んで運ぶ等、大規模であるだけでなく、難問から難問を乗り越えて、大仏殿が再建されました。大仏殿の再建を主になって取り組んだのが、東大寺の勧進僧であった公慶上人であり、大仏殿再建のための資金集めに全国を自ら駆け

巡りながら再建事業の全てに関わっていました。公慶上人の執念と命がけの働きが人のみならず神仏をも動かしたことによって多くの奇跡を生み出して再建が成し遂げられました。上人は、再建の実現の願のために横になることなく、座ったまま寝ていらしたそうです。東大寺大仏殿の再建にあたり、数限りないあらゆる方々からの寄進、奉仕があり、壮絶な難行苦行を乗り越えた有難さは格別であり、感動が尽きないものがあります。この再建にどうしても必要とされた虹梁に使われた赤松が、白鳥神社にしかなかったことも不思議な深い御縁を感じます。

◇社殿改修(令和8年度内竣工を目標)等を決議

令和7年8月4日に白鳥神社役員総代会総会が開催され、役員総代14名が出席の元、前年度事業報告、決算、今年度事業計画、予算、社殿改修等について審議しました。前年度報告として、斎行した祭事関連の状況や成果及び特別な事業として鳥居2基の建替え、福岡博多座におけるヤマトタケル公演での出展(御朱印、御守の頒布)などの詳細を説明しました。事業計画として、来年度竣工を目標にした社殿改修事業を開始し、そのために奉賛会を設立することや、合わせて当社の歴史を明らかにする上で白鳥山古道の再現やその信仰、歴史の調査等を行うことも決当社の景色や情報を掲載議しました。しています。改修事業につきましては、大切な文化財を保護することに加え、先人から伝承されてきた歴史、文化そしてこころを未来につなぐ貴重なかけはしでもありますので、どうか御理解、御支援をお願い申し上げます。

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